かつては東洋一の軍港と呼ばれ、人口40万人を超える街だった呉。映画館やデパート、商店が立ち並び、カフェや洋食屋さんもありました。今も人生の先輩たちに昔の街の様子を聞くと、「あの頃の呉は人が多くて活気があったわ」、と懐かしそうに目を細めます。
今でも呉には歴史のある洋食屋さんが数件残っていますが、「月ガ瀬」もその中に名を連ねる大切な一件です。(2018.6)
月ガ瀬がお店を始めたのは今から60年前。現在の女店主、定野美智代さんのご主人のお父さんがお店を始めました。
「その頃から、作り方は変えてないの。宮様が食べていたのと同じ味なんよ。」
え?宮様??ちょっと驚くキーワードが出てきてびっくり。宮様が食べた味とは、どんな味なのでしょうか。お店には何度も足を運んでいますが、じっくりお話を聞いたことがなかったので、かなり前のめり気味、興味津々でお話を聞きました(笑)
「もともと主人のお父さんは、宮様付きの武官。宮様の身の回りから食事まで、色んなお世話をしていた人でね、何でも出来たの。背の高い偉丈夫で、三重県にある”月ガ瀬”村の出身だから、そこの名前をもらったんよね」
選ばれし優秀な人物しか宮様付きにはなれません。宮様のお世話をするにあたり、食事もマナーもそれはそれは本格的な勉強をされたそう。
例えば、ベースになるスープは鶏ガラ、キャベツ、人参、セロリなをの香味野菜で時間をかけて煮込み、丁寧にあく抜きをする。カレーのルーは小麦とラードを炒め、独自にブレンドする。月ガ瀬にあるメニュー「コキール」などに使うホワイトソースも、もちろん一から手作りです。いわゆる、伝統のあるフランス料理の手法を用いています。
60年前にこんな手の込んだモダンな洋食が呉では食べられており、今も尚、残っているのです。
「もう私も歳だから腕も痛いし、仕込みが大変なのよ。でも、これ以外の作り方しか出来ないから。」そういって、厨房に立ち続ける美智代さん。
一つ一つの調理過程に手を抜かず、受け継いで来た味には、往年のファンもたくさんいます。毎年帰省したら「やっぱり月ガ瀬。お母さんにも会いに行かんにゃ。」、と必ず訪れる人がいるため、お盆も休まず懐かしい心の味を味わってもらう。
大人のお子様ランチのようなBランチ、ポークチャップ、カツレツ、チキンコキール、ハンバーグ、田舎カレーなど。
数年前にお店を小さくして移転をしましたが、老舗ならではの心意気と味は、美智代さんが守り続けています。
「月ガ瀬」は、呉の洋食文化を語る上でも欠かすことのできない、一日でも長く続いて欲しい名店です。
■月ガ瀬 広島県呉市本通4丁目1-1.
営業時間 11:00〜20:00