3月31日に日程を1週間ずらし、お花見弁当付きの特別バージョン、第27回 呉街あるき(宮原、萬願寺コース)を歩きました。
日程変更をしたおかげて、気持ちの良い晴天!
早めに変更する判断ができて良かったです。
*変更になり、参加できなかった方、ごめんなさい。
呉駅から出発し、歴史の見える丘へ。
のんちゃんが歩いたシーンでも有名ですね。
何度見ても歩いても「呉らしい」と実感する風景です。
「街あるき」なので、ディープな道も歩きます。どこも、街あるきスト・竹本哲朗さんのガイドがなくては、ウロウロ歩かない場所。
ご近所さんには何気ない風景なのでしょうが、懐かしい昭和の雰囲気が残る道や景色にワクワクします。
1887(明治20)年に宮原地区が海軍用地になった事で、急遽作成されたのが宮原の上道路です。
道を一本上がっただけで、こんな風景が見えるんですよね〜。
ぎっしり立ち並ぶ家、造船が当たり前に見える生活。
散策を楽しみつつ、萬願寺に到着しました。
萬願寺は、呉湾からもよく目立つライトアップされた五重塔が有名ですが、十一面観音菩薩や一石一字塔、「山秀水清」の碑、福山藩水野重政の中興の碑など、調べると興味深いものがたくさんある呉市屈指の古刹です。
そして、なんと、今回は日程を変更した3月31日が、年に一度の「お稚児さん」の日なのでした。
可愛い衣装に着替えた稚児行列が見られるなんて、ラッキー!
今では、こうした伝統行事の開催は、とても貴重です。
ご住職のお子様も今回はお稚児さんとして参加しているそうで、満面の笑顔がさらに輝いておられました。
また、今回の「街あるき」の参加者の中には、ン10年前にここでお稚児さんを体験した方もいて、「懐かしい〜。今日という日にこられて、とても嬉しい」と話していました。
天候不良のため、桜の開花には少し早かったのですが、見事な桜が一本だけ咲き誇っていました。
お稚児さんたちの行列に、まさに花を添えます。
みんなで手を合わせ、子供たちの心身の健全な成長を祈願しました。
そして、ジャーーン!楽しみにしていたお花見&お弁当😊
今回の「街あるき」は、呉湾を一望する絶景スポットでのお花見🌸というお楽しみが待っていたのです。
ベンチや石段に腰掛けて、眼下に呉湾を臨みながら、お弁当を食べる喜び。
もしかしたら、「今日は呉で一番長めの良い場所🌸でお弁当を食べているのかも!」という感動がありました。
*お弁当を配達してくれた「TOMOTAS(@tomotasu0501)」さん、ありがとうございました。
萬願寺を後にして、細い坂道を下ります。
「わぁ〜〜、ユニークな構造の建物!」思わず声があがりました。
坂道が多い呉では、2階や3階の部分から出入りするお家も見かけます。
斜面をうまく活用して建てられていますね。
「水野公園」にも立ち寄りました。
この公園は、呉海軍工廠の土木工事の分野で海軍と共に歩み、海洋土木最大手といわれた「水野組(現五洋建設)」の本社があった場所です。その場所が呉市に寄付されて公園となり、その名前が残されています。
宮原地区風水害犠牲者慰霊碑、子規句碑 澤原為綱翁の像(台座のみ)、澤原為綱翁の像、造船船渠記念碑、旧海軍工廠礎石記念塔なども見学。
この歴史の見える丘には、こんなにもたくさんの石碑があるのですね〜。歴史を超えて残るって、やはりすごいです。
また、このあたりは海軍工廠の通用門があり、現在は全く形跡がありませんが、「三門跡」と呼ばれていました。
広大な海軍工廠に入るには、「一門」「二門」「三門」「四門」「鍋崎門」「南門」がありました。
どれほどの人が働いていたのか。私たちの街は、海軍・造船にまつわる想壮大な歴史を抱えています。
アニメ映画「この世界の片隅に」(監督:片渕須直 原作:こうの史代)で、主人公のすずさんが片腕を無くした場所とイメージされた建物にも寄り道。木造の昭和な建物で、煉瓦塀が今も残っています。
お花見や稚児行列、絶景、歴史の見える丘など、ぎゅっと中身の濃い1日でした。
「何度も呉に来ているけれど、歩いたことのない道ばかりでした」
「自分だと歩かない場所を歩いて、呉の歴史がもっと深くなりました」
「懐かしい風景に出会えました」
など、参加者の皆さんから感想もいだたき、本日も、みんなで楽しく歩きました。
有難うございました。
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