第21回 呉の街あるき(宮原通貫コース)レポート

2023年6月18日(日)、「第21回 呉の街あるき」宮原通貫コースを歩きました。

以前、呉駅から〜宮原の上道路を歩いたのですが(第5回「呉のまち歩き」〜宮原上道路探索コースのレポート)、今回は呉駅からバスで鍋峠方面に行き、反対から上道路を歩いてみるという試みです。

そして、1945(昭和20)年6月22日は、呉海軍工廠への空襲があった日です。
呉海軍工廠には女子挺身隊、男女動員学徒、その他工員2万名を含め、108千人もの人が働いていました。太平洋戦争末期は、呉海軍工廠労働者はほとんどが召集された動員学徒や女子挺身隊などの学生でした。その海軍工廠に、162機のB29が1,289発の爆弾を投下し、死傷者は1,500名以上にもなりました。

鍋山団地にある「殉国の塔」は、工員や軍人、動員学徒や女子挺身隊の犠牲者476人の慰霊のために建てられたものです。

慰霊碑は女子学生たちがかぶっていた防空頭巾の形をしています。青春を謳歌することなく国のために働かされ、若くして亡くなった多くの命を偲び、静かに手を合わせました。

鍋峠にある「日本製鉄予備品置場」。錆びて古い倉庫があります。こちらで空襲で犠牲になった方の火葬が行われました。
普段、何気なくバスや車で通っている場所に、生々しい戦争の跡が残っているのです。

宮原13丁目にある延命地蔵。1836(天保7)年の大飢饉で亡くなった方の菩提を弔ったものです。

綺麗に清掃されており、気の良いスッポットです。
堂内には「はまぐり水」という霊泉があり、眼病や万病に効と言い伝えられています。

坪ノ内小学校の下を通り、「蒲刈橋」に向かって歩きます。


道の真ん中に、突如こんなコンクリートの橋があらわれます。
「蒲刈橋」は海軍工廠が華やかだったころ、大入や延崎方面から、朝5時頃から沢山の人が歩いて通ってきたそうです。山を越えて歩いて来るのですから、海軍工廠に着くまでが一仕事だっただろうなぁ〜、と想像してしまいます。

「街あるき」はマイペースで歩くので、気づかないような小さな発見があります。

呉湾に浮かぶ巨大コンテナ船と「かが」が並んで浮かぶ、という貴重な光景が見られるのは、全国でも呉だけでしょう。

「街あるき」をしていると、様々な角度から船を見ることができます。歩く道や方向によって視座が変わったり、街あるきストの竹本哲朗さんが詳しい説明をしてくれるので、新鮮さがありますよ〜。

呉らしい景色を堪能しつつ、いよいよ今回のコースのメインスポット「萬願寺」へ。

戦時中、この寺院は建造中の艦艇が良く見えたため、特に用事が無く来ると憲兵に疑われとか。
そのくらい、呉湾が一望できる場所です。

夜はライトアップされ、呉湾からもよく見える五重塔。

誰もが「あぁ!あの五重塔だ〜」とわかるけれど、実際に登ったことがある人は少ないのでは。
現在、夜間にライトアップされている五重の塔は1989(平成元)年に建設されたもので、高さ24mの鉄筋コンクリート造です。


毎月18日は、本尊ご縁日として例祭が開催されており、今回の「街あるき」は、普段は見られない観音様や仏像を拝見できるという、グッドタイミングにあやかりました!

門からは少しきつい坂を登りますが、眼下に広がる大パノラマは感動間違いなしですよ!
こんな絶景があったとは・・・と驚くことでしょう。
汗をかきながら登りましたが、その甲斐がある爽快な眺めです。

萬願寺のご住職さんやそのご家族にも、気持ちよく受け入れていただき、少し休憩。
花火大会がよく見えること、除夜の鐘付きや桜の季節など「どなたでも気軽に足を運んでください」とのことでした。
見送ってくださった住職。ありがたい一枚の絵のような(笑)また折を見て、萬願寺を訪ねる企画をしてみたいと思います。

さらに宮原上道路を進むと、「宮原浄水場」が見えるポイントにつきました。
宮原浄水場は1890(明治23)年に「呉鎮守府水道」の浄水場として築造され、海軍やその関連施設に給水していました。
明治時代の土木技術者・石黒五十二(いしぐろいそじ)が建造に携わり、この宮原浄水場だけでなく、二河水源地取水口などにも、当時の高い土木技術が用いられました。

ちなみに、「宮原浄水場」にあるレンガ造の上屋式配水池は、わが国最古のものと言われ、1998(平成10)年10月に「国登録有形文化財」に登録されています。

さらに歩を進めると、「湯船橋」という橋を見つけました。この近くには、かつて「湯船山薬湯」があり、冷泉場で特に皮膚病に良いと言われ、昭和の初め頃までここには宿もあったそう。

湯船山 萬年寺、神應院、西行寺の近くも歩き、あたらめて呉は神社仏閣が多い街なのだな、と実感。それだけ、多くの人が街に住み、信仰心も厚かったのでしょう。今回も見どころ満載の「街あるき」、そろそろ終盤です。

「淡水・清水小学校跡地」の石板。
1889年(明治22年)に呉鎮守府が開庁し、呉には優秀な海軍士官が家族を伴って全国から集まりました。呉鎮守府海軍将校の子弟を教育する学校として創立されました。

今で言うと、いわゆる教育レベルの高いエリート校があったのですね。
なんにしても「呉鎮守府」の時代には、呉には最新の技術、最高の教育があるすごい街だったのです。

「全然知らない呉がたくさんありました」「本当に様々な歴史が呉に残っているんですね」
と、参加者からの声。
今回も、呉らしい風景をながめ、栄華な歴史を想像しながら6.3キロの道のりを歩きました。
お疲れ様でした〜!

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